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| 海王みちる研究2『海王みちる氏と諏訪内晶子氏の関連性』 2−3.音に篭る情感[初稿掲載日:2001.11.5 最終修正日:2004.3.6] ヴァイオリニスト海王みちるのモデルと推察する諏訪内晶子に関して。 諏訪内氏の演奏に関しては、かつては評価が二分していた。「演奏は完璧だが、優等生的な演奏」「蒸留水のような音色」と言い捨てる人もいたし、「艶のある情熱的な音色」「自己表現、解釈が十分になされた演奏」と評する人もいた。すなわち、幼少から続いたコンクール生活を終えて、プロの演奏家生活に移行する若手ヴァイオリニストの多くが直面する現実に、諏訪内氏も直面していた、ということ。これまでは前者の不評のほうも根強かったが、最近の評価は後者の良評にほとんど移行している。もっと言えば、彼女は今は世界のトップソリストの一人にまで成長している。 諏訪内氏の成長ぶりは、かつて週刊文春で諏訪内氏と対談した阿川佐和子氏も実感したとのこと(2000年7月12号)。諏訪内氏本人も阿川氏との対談の中で、コンクール優勝者から演奏家への羽化・プロへの自覚について語っていたし、自伝『ヴァイオリンと翔る』(NHK出版)でもそのことに触れている。該当文章を、『ヴァイオリンと翔ける』から一部引用する。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― それはニューヨークに滞在中、名ヴァイオリニストのアイザック・スターンに演奏を聴いていただく機会が訪れたときであった。私は、彼の前でモーツァルトの第五番の協奏曲とバッハのシャコンヌを演奏した。モーツァルトは小さいときから弾きなれた曲、バッハはチャイコフスキー・コンクールでも演奏した、自信のあるレパートリーの一つであった。 モーツァルトを弾いたとき、スターンは私に、 「あなたは、どうしてこのトリルを、こういう風に弾くんですか」 「何故、このようなボウイングをするのですか」 と、“何故”という言葉を、次々に浴びせて来た。私が返事に窮していると、スターンは、 「先生が言ったからと、そのまま従うのはこれからは改めなくてはいけません。作曲者の自筆譜を研究して、自分なりのフレージングやアーティキュレーション(楽曲の楽句や旋律の区切り方)を考え、それに基づいて弓使いを工夫し、それを“言葉でも”表現できるようにしなければだめです。トリルのかけ方一つにしてもそうです。あなたの音楽というものを、あなた自身で表現していくのです」 と厳しく忠告してくださった。 言葉で表現するためには先ず、問題を自分で考え、自分の内部で消化する必要がある。解決策がきちんと自分のものになっていなければ、他人に説明することは出来ない。 スターンの一言は、私にとって青天の霹靂であった。優れた先生の教えを守り、指示に従って演奏するという優等生的な方法は、コンクール入賞の日までは、正しい方法であったかもしれないが、一人のソリストとして、“自分の音楽”を聴衆に披露していくには、より積極的な心掛けで音楽に臨まなければいけないのだということを、直截な言葉で思い知らせて下さったのは、スターンであった。 一九九一年の三月、早春とは言え、ニューヨークの寒さはまだ厳しかった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― このスターンの言葉。彼女は別章でもう一度引用している。 1990年、18歳の若さで世界三大コンクールの一つ、チャイコフスキー・コンクールを諏訪内晶子は制した。最年少優勝、しかも日本人初という肩書きだけでも将来が約束されたようなものだった。が、彼女はその後1991年に一切のコンサート活動を休止して渡米する。身の擦り減るような多忙スケジュール、こなすべき膨大な量の楽譜暗記。次第に自分の演奏に行き詰まりを感じ、もっと学を積む必要性を痛感していた。 六年近くの沈黙を経て、再び聴衆の前に姿を現した彼女は、以前の彼女よりずっと魅力あるソリストとなっていた。 元を辿れば、彼女の演奏を変える転機となったのは、アイザック・スターンの言葉である。開眼してくれた人がスターンほどの巨匠でなかったとしても、“演奏の転換期”となる事柄は、著名なヴァイオリニストはそれぞれ経験してきていると思う。 そうなると、みちるさんにもそういう時期があったはず。最初から、豊かな表現力を持った演奏をしていたとは考えがたい。彼女に転換期が訪れた時期はいつか。それは彼女がはるかを初めて見たときだと考える。はるかを想い慕う気持ち。ふとした日常の中で経験した心を大きく揺さぶる出来事が、心理的にはずっと孤独であった彼女のヴァイオリンの音色を変えた。 アニメ第106話でのネプチューンの言葉 「私はあなたのことを、あなたより良く知っているの。だって私ずっと見てたんだもの…。だからあなたには、私と同じ道を歩んでほしくないの。ただ、あなたがその人だとわかったとき、私嬉しかったなあ…。/あなたが初めてレースに出たときも、私近くで見ていたわ…。」 ここから分かることは、はるか(ウラヌス)がみちる(ネプチューン)を認識するずっと前から、みちるはウラヌスを認識し、そしてそれよりも早くはるかに想いを寄せていたということである。だから106話の船上演奏時には既に、みちるの演奏は情感のあるものになっていたと推察する。 |
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