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天王はるか研究1
1.天王はるか = 木野まことの補完的存在
[検索エンジンで飛んで来た方へ]このコーナーはアニメ「セーラームーンS」のファンページに過ぎません。セーラームーンS以外の分野の参考文献としては全く役立ちません。閲覧するだけ、時間の無駄です。

 S編ビデオvol.2第96話「冷酷なウラヌス? まことのピンチ」。まことは自分の目指す女性像をはるかの中に見つけ、一種のジェンダー・コンプレックスを克服するという回だった。この回を視聴して、幾らか気になった点を書き留めておきたい。元々メインキャラ五人は、思春期の様様なタイプの少女を具現化したキャラとして作られたものと思われる。はるかをみちると出会って、真剣に『セーラームーン』シリーズを見始めた後、大して気に留めていなかった五人にも親しみを感じ始めたのは…。かつて自分の周りにも彼女達によく似た友が存在していたからなのだろう。

 五人が現代少女達の各タイプをなぞって作られた、と仮定すれば。天王はるかとの関わりにおいて気になるのは、木野まこと注1)。怪力少女、ややボーイッシュ、だがそのことに強いコンプレックスを抱く大柄な女性。武道全般に長けてスタイルも良いのに、「カッコイイ」「男勝りだね」という類の言葉をかけられると、何故かがっかりしてしまう人。そういえば自分の周りにもいたことを思い出す。注目すべきことは、まことは男勝りの人間ながら“女らしさ”を失っていないこと、そして女らしくなることをいつも目指しているということ。性認識は女性で、性的指向もヘテロセクシュアル(注2)なのである。つまり、まことはセクシュアリティやジェンダー上はごく一般的な部類に属する。
 
 だが時代が進むにつれて、これだけの設定では追いつかない少女達が出てきた。“らしさ”を過度に求めず、自由奔放に生きていく女性。男のような言葉遣いをし、型に嵌らないセクシュアリティを構築していく人達。性的指向がモノセクシュアル(注3)である人達。“トランス”と呼ばれる人達の出現だ。
 トランスに関する説明は以下の通りである。 

トランス:生まれ育った性別に何らかの違和感を持っている人々。その中で性別違和感の強い順に、TS、TGと呼び名が付けられているが、天王はるかの場合はTGにあたると推測される。尚、トランス=同性愛と安直に結びつけるのは間違いである。トランスの中には異性を好きになる者もいるし、既婚者も含まれているから。トランスは性自認の一形態であり、同性愛は恋愛指向の一形態である。天王はるかの場合も、たまたま同性と恋愛状態にあるというだけである。

TG:Trans Gender(トランス・ジェンダー)の略称。「性別違和」を感じている人の中で、既存の性役割にとらわれない形での生活を望みながらも、形成外科手術まで望まない人。女性の場合、特にFtMTG(female to male trans gender)と呼称されることがある。

※トランスという性自認に対する精神医学における疾患単位名は、性同一性障害(GID)である。ただしセクシュアル・マイノリティーの世界において、この“性同一性障害”という言葉はあまり用いられていない。何故ならば、他の精神疾患と違って現実認識が困難な障害ではなく、“病気”というほど大袈裟なものでもないからだ(第92話「素敵な美少年? 天王はるかの秘密」での発言「僕が男だと言った覚えはないけれど?」からもわかるように、身体的に女であるという自覚ははるかにはきちんとあり、女性であることで社会生活上著しく困難をきたしているわけでもないから。)

 シリーズR編までにおいて、トランスキャラはあまり出てきていない。一応、敵幹部キャラとして無印時代にゾイサイト(相手はクンツァイト)が登場しているが、結局死んでしまった。アニメ界だけではなく、20世紀の映画界でも同様に、トランスは不幸な最期を遂げていることが多い。
たとえば、
 1995年公開のイギリス映画『バタフライ・キス』
 1996年公開の米国映画『セルロイド・クローゼット』
   (これは娯楽映画というよりも、ハリウッド史における同性愛の扱われ方を時代を追って検証していった記録映画である。
 2000年秋に公開された米国映画『BOYS DON'T CRY
   (公式サイト:http://www.foxjapan.com/movies/boysdontcry/)。

 主役で登場したトランスは大抵の場合、犯罪と結び付けられ、最期には殺されてしまう。
 “トランスは幸せになれないのかな…?”
 心のどこかで、途方もない疑問とやるせない思いをいつも感じていた。

 だから、天王はるかというキャラを初めてTVで見たとき、“このキャラも結局最期は死んでしまうのかな?”と淋しく予想していた。けれどもこのキャラだけは、パートナーのみちるとともに最期まで生きて幸せを掴んでくれた。
 時代を反映して、“木野まこと”というキャラでは補い切れなかった現代の少女像を持つはるか。…似たようなキャラがスターズ編でスターライツとして登場するが、彼女達はまた違ったメッセージ性を持って創作されたキャラである。“異性人”として地球に降り立ったという設定は、“異文化受容、共存”という現実的課題を反映したものと思われる。男装は付加的要素でしかなく、元々、地球外生命体の化身に対して人間用の性別分類を用いること自体が無意味である。
 総じて第96話は、天王はるかを登場させない限り成り立たない回だったと結論づける。同じようなことが第97話「水のラビリンス! ねらわれた亜美」においても言える。
 “海王みちる = 水野亜美の補完的存在”という等式が自ずと導き出されるはずだ。

注1:原作において、木野まことと天王はるかを関連させるエピソードは意外と多い。例えば
第8巻「Act25 無限2-波紋」p.45〜47/第13巻「Act37 夢4-ジュピタードリーム」p.29,p.38「Act38 夢5-ヴィーナスドリーム」p.79
注2: ヘテロセクシュアル=異性愛指向。異性を恋愛対象とすること。
注3: モノセクシュアル=同性愛指向。同性を恋愛対象とすること。


Fin.

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