Repeatable Life
初稿掲載日:2002年1月20日 / 最終修正日:2008年7月17日 / 前世編追加設定まとめ / 作者:daydreamer
| ───ひとつの信仰のようにして、私はあなたを愛し続ける…。 太陽系の果て。彼方まで続く星々の煌きと、漆黒の闇隙間。その無限空間は、少しばかり前に響いた怪物の叫びを最後に、すっかり音をなくしてしまっていた。音を消したのはネプチューン。太陽系最外部警護の任に就く戦士の一人である。 宇宙侵略の色が濃くなってきた時代から、王国の死守に身を投じてもう幾千年。加護域の外では解くことが出来ないセーラースーツは、端々が綻び、何度となく滲んだ血を濃く染み込ませてしまっている。その瞳は辛うじて薄浅葱色を保っているが、もはやガラスのような硬質さで空を見つめるのみ。先刻放った技の衝撃に耐え切れず、近くの微惑星に激突し、彼女はそのままそこで頭を垂れていた。片手にはディープ・アクア・ミラー。しかしその魔具も、長い戦闘の果てに外形を留めるのみとなっていた。意識はもう、半ば霞みがかっている。静寂の破られる瞬間、新たなる敵の出現。それもそう遠いことではない。 万に一つ、援軍が来る可能性はない。ここは辺境の地。シルバーミレニアムが統治する太陽系の外縁部。銀河間の潮汐力が最も強まり、月の加護も届かない未開発エリアである。王国軍では、王族と外部太陽系戦士しか留まる力を持たない。一歩外に出れば、そこはカオス――混沌――に満ちた弱肉強食の世界。銀河が銀河を食らい、力が全ての価値を決める。信じられるのは己の力のみで、仲間も愛も有りはしない。ここ数千万年のうちに、銀河間の抗争――カオスの増大―――は急速に早まり、無数の星々が命を落としてきていた。我々が属する銀河系も例外ではなく、長らく不可侵条約を結んでいたアンドロメダ大銀河の政変によって、その中に引きずり込まれようとしていた。月の女王はそのことをいち早く察知して軍事力を増強し、せめて太陽系だけでも難を逃れようと画策してきていた。 銀河が銀河を飲み込むとき、侵攻部隊としてまず少数のカオスを送り込んでくる。それは形を持つ超生命体であり、憎しみに支配された殺戮マシンである。侵攻があらかた進んだところで、次の段階として銀河の本体である“クェーサー”を進軍させ、星々を占領する。占領された星に残るのは、無数の屍。力を持つ者だけが生の選択を許され、占領者に追従することで生き延びる道を与えられる。そして生き残った者も、占領者のもとで果て度ない戦闘に身を投じていく。 そのカオスが最初に入り込んでくるのが、ここ“カイパーベルト”。冥王星よりさらに外縁部に位置し、太陽系を取り囲むように円盤状に広がる領域である。外部太陽系戦士が詰める3キャッスルは、このカイパーベルト上に張られた結界トライアングルの頂点に配備されていた。ここでの任務は、“月の王国が永遠の平和を勝ち取る時まで”続く。現状ではそれは限りなく不可能に近く、ネプチューンの力ももはや尽きかけていた。 霞みかかる意識の中、彼女は眼の裏にある残像を見ていた。太陽系最外部警護の任に就いてから、それはずっと映り続けていた。それは、金色の風を纏った最愛の人。想い出がそれ以上増えることはないのに、一つの信仰のようにして、彼女はウラヌスのことを想い続けていた。 ―――ウラヌス…。あなたもこの宇宙のどこかで、果て度ない戦いを続けている。戦いも出会いも、何もかもが定め。けれどもその運命を、私は恨んではいない。だって私は、戦士である限り、あなたに永遠に出会い続けることが出来るのだから。その再会が果たされることがわかっているから、私はまだこうして戦い続けているの。この戦いは…あなたにまた会うための代償。 独白は、空間の新たなひずみによって中断された。突然強い磁気嵐が吹いて、ネプチューンの体を弄った。嵐を受けて、闇の中をガスと氷塵が舞う。舞った氷粒達は急速に距離を縮め、ぶつかり合い、エネルギーを解放して形を変えていく。放たれるエネルギーは星間雲を貫くジェットとなり、周囲のガスと衝突して強烈な熱と光を放ち始めた。 まもなくして氷粒の世界から、形ある生物が生み出された。敵の出現である。敵は産声の代わりに唸り声をあげて、ヘドロ質の体を振るわせた。敵は一匹。エネルギー量から見れば、いまのネプチューンとほぼ互角。一匹で月の王国に攻め上がるというよりも、月の王国への入り口を塞ぐ“邪魔者”を始末するために送り込まれた捨て駒だった。わかってはいても、いまのネプチューンには敵を視認する力すら残っていない。横たわったまま、肌でその存在を感じ取る。 生まれたばかりの敵の目に、岩面で微かに胸を膨らまし続ける王国兵が映った。 “月の王国に、永遠なる沈黙を。カオスへと、還れ。” ネプチューンを見る敵の眼の奥で、その言葉が繰り返された。それは、送り込まれてくる敵が共通して持っている思念だった。カオスに満ちた宇宙世界の中で、月の王国だけはまだ秩序立った世界を保っていた。放っておけば無秩序に向かう世界を、わざわざエネルギーを費やして制御し続ける。成し得るはずのない平和世界を、追い求め続ける。カオスにとっては、これほど忌々しい存在はなかった。敵は大きく一吠えして地を蹴り、ネプチューンめがけて飛びかかった。 そのときネプチューンは、空間の揺らぎを肌で感じ取った。五感が低下しているため揺らぎの正体を確かめることは出来ないが、恐らくは敵の襲来であろうということは察することが出来た。揺らぎは、徐々にこちらに近づいて来る様子。 ―――……来た…。 起き上がらぬまま、空に手鏡をかざす。そうして持てる全ての力を鏡に注入する。久しく輝きを失っていた魔具は、一時ばかりだが美しい輪光を取り戻した。 ―――…これが……最後…。 割れた鏡の外形を利用して作ったエネルギー砲。形を成して間もなく、揺らぎの方向に向かって迷わず放出する。 敵の叫びが断末魔のそれとなったのは、その直後だった。ヘドロ質の体は大きな肉片と化し、太い音を立てて地に落ちた。敵体を形作っていた微粒子が、エネルギー均衡状態を崩されて分解し、元の氷粒に戻っていく。それを感じ終わった後、ネプチューンは腕を力なく振り下ろした。握り締めていた手鏡が、乾いた音を立てて地を転がる。悲愴をとうに越え、超越した平安の訪れを確信したその表情。幾らか安らいだものへと変わっていく。 使命を全うし、ようやく任を解かれるときが来た。 薄浅葱色の瞳からは、一筋の光が生まれ、静かに頬を伝っていく。 ―――ウラヌス………また…逢える……。 太陽系の果てに、再び静寂が戻った。 Fin. |
![]() Photo:daydreamer |
| [ページ先頭へ][あとがき][前世編追加設定まとめ][小説目次ページに戻る][トップページに戻る] |