| ヘリをヘリポートに戻して、帰宅の途に着くまでの間。二人は必要最低限の会話以外、終始無言だった。はるかの自宅―――天王洲コンドミニアム
1127号室―――に着いた頃には、空は明るくなり始めていた。 タリスマンは出現し、聖杯をかろうじて使用できる者も現れた。しかし彼女は…セーラームーンは、真のメシアとはいえなかった。その事実を目の当たりにした瞬間、“聖杯を委ねられる真のメシアを探す”という新たな使命が二人に課せられた。セーラープルートという新たな仲間の存在も明かされた。戦いはまだ終わっていない。むしろこれからだ。でもはるかの心の中では、マリン・カテドラルでみちるの後追い自殺をしたとき、何かが終わった気がしていた。 帰宅して、順番にシャワーを浴びる。みちるは“少し横になりたい”と言ったので、はるかが先にバスルームを使った。熱いお湯。傷に染みるお湯。まだ、生きているのだと実感する。 『ずるいじゃないか、みちる…。自分だけの世界に行くなんて。』 頭のてっぺんから熱いシャワーを浴びながら、あの場所で意識を手放す直前に自分が口にした言葉をはるかは反芻した。多くの犠牲を払って捜し求めたタリスマンは、皮肉にも自分達の心の結晶に封印されていた。“三つのタリスマンを集める”という目的のために、自らタリスマンを摘出したはるかの判断は概ね正しかったといえる。しかし。真情は、全く違った。使命に忠実だったというよりも、みちるがいない世界に耐えらなくて。確信犯的な後追い自殺をしたのだ。 三つ目のタリスマンとメシアの捜索のことをセーラームーンに託して意識を失った後。見たものは、果てしなく深い闇。音のない闇だった。彷徨う視線。当てもなく走っていく自分。みちるの姿はどこにも見当たらなかった。目を閉じる。リビングでシャワーの順番を待っているであろう、今のみちるのことを想う。今は、ちょっと手を伸ばせば、彼女を抱きしめることができる。でも。あの時のみちるは、プルートが自分達を現実世界に引き戻してくれるまで、どこにいたのだろう。はるかの手が届かないところに行っていたのは確かだ。そのことが、はるかの心に深くて怖い闇を落としていた。 「シャワー終わったよ。次、どうぞ。」 軽くシャツを羽織ってリビングに戻った頃には、みちるは転寝をしてしまっていた。はるかの声で目を覚まして、ゆっくりと身体を起こす。ソファーの皮が擦れた音を立てた。 「ん…、ごめんなさい。ありがとう。じゃあ、使わせてもらうわね。」 緩慢な動作は、昨日の壮絶な戦闘の疲れから。みちるに今触れたい、とはるかは思った。しかしまだ傷の手当をしなければいけなかったし、みちるにも身を清めて休んでもらう必要があった。思いとどまって、バスルームへ行く彼女を見送る。リビングを発つみちるの顔はとても白くて、血の気がなかった。薄浅葱色の瞳は、色を失いかけていた。 みちるがバスルームを使っている間。はるかは傷の手当をしながら、昨日の戦闘の回想に耽っていた。ユージアルから受けた多数の弾丸。それは打ち身となって、はるかの身体に残っていた。湿布をしようかどうか迷って、止める。軽い消毒だけして、あとは戦士としての驚異的な回復力に任せることにした。みちるも同じ傷を負っている。自分の倍以上に。マリン・カテドラルでの戦闘の映像がフラッシュ・バックする。狙われた自分を助けようとして、無数の銃弾に撃たれていくネプチューンの姿。頭が真っ白になって、一歩も動けなかった自分の様。その先を考えていくと、ソファーを手で思い切り叩いてしまった。夢じゃない、現実なんだと思い知る。これ以上そのことを思い出したくなくなって、何か思考を止めてくれるものを探した。酒。救急箱を開けたまま、キッチンに行って、冷蔵庫からスミノフ・アイスを二本取ってきた。みちるがシャワーを使い終えるまでに、それらを空けてしまう自信がはるかにはあった。 小一時間ほど経った後。バスルームから出てきたみちるは、白いバスローブを着てリビングに戻ってきた。表情は、やはり冴えない。テーブルに置かれたスミノフ・アイスの瓶を見て、彼女は軽く溜息を漏らす。予想通り、瓶は二つとも空になっていた。 「お酒に逃げるのは良くないわ。」 そう言って彼女は、酒瓶を取り上げて、キッチンの分別ゴミ箱に捨てに行った。戻ってくると、自分の傷の手当をし始めた。やはり彼女も簡単な消毒をしただけで、救急箱の蓋を閉まった。正常に治癒力が働ければ、明朝までにほとんどの傷は回復するだろうと、あたりをつけてのこと。みちるには、今日はこの家に泊まっていってもらうつもりでいた。みちるもそのつもりなのか、備え置きのバスローブを着ているし、その行動一つ一つがゆっくりと落ち着きに満ちたものになっていた。いいや、とても気だるそうだったと形容したほうが正しいのかも知れない。 リビングに戻ってきたみちるは、ソファーではるかの隣に腰掛けた。肩にもたれ掛かる頭。はるかはその重みを心地良く感じていた。マリン・カテドラルのファサードの門の前に立ったときは、もう二度とこんな風にみちるの温かさを感じることはないかも知れないと思っていた。でも…。自分もみちるも、まだ、生きている。 瞳が合うと、どちらともなく口付けを交わした。そして、肌を重ねるまでそう長くかからなかった。手を繋いで寝室に入ると、外ではまた雨が降り始めていた。エアコンのスイッチをオンにして、みちるを抱いてベッドに崩れかかる。確かなものが欲しかった。この手に収まる、確かなものが。 一通りの睦び合いが終わった後。みちるが、はるかの乱れた髪に手櫛を入れてきた。濡れた眼差しがはるかに向けられる。はるかは、自分の顔をゆっくりとみちるの方に向けて、口を開いた。 「僕を…。置いていったな。」 言葉は最初から核心をついて出た。抱いている間は、互いの存在を確かめるのに夢中で、ほとんど喋らなかったから。でも、言っておきたいことだった。みちるは哀しく微笑した。柔らかな頬は、まだ薄紅色に染まっている。 「謝って許されることじゃないわね。」 はるかはみちるの鎖骨の辺りに触れた。そのまま首筋に手を這わせて、みちるの喉に軽く触れた。良く知ったアルト・ヴォイスを奏でる喉が愛おしかった。みちるは無抵抗だった。 「許すとか許されないとか、そんな問題じゃない。ただ、寂しくて悔しかったんだ。君が僕を守って倒れることを、昨日の夢で見て、僕は知っていた。なのに、阻止できなかった。」 包み隠さずに、告白した。戦士としては失格かも知れないが、みちるにはもう隠し立てをしたくなかった。みちるの反応が気になって、はるかは彼女の瞳を見ようとした。薄浅葱色の瞳は閉じられて、その表情には憂えを湛えていた。 「はるか。」 凛とした声が寝室に響いた。置時計がカチカチと時を刻む音が、耳に入る。待たされるのは苦痛だった。 「私の方こそ、色々と知っていたの。タリスマンが誰の心に封印されているのかも、あなたとの約束に背いてあなたを守り抜くことも。私の方が先に覚醒していた分、前世の記憶の戻り方も早かったし、はるかを守ろうという想いが強かったから…。」 驚き、まじまじとみちるの顔を見る。昨日の朝、見た夢はお互いに少し違う内容だったことを思い知る。みちるが、タリスマンの持ち主を知っていたという事実。あれだけ必死に探し続けたのに、こんなに近場にあったという事実。みちるはなぜ、そのことを隠していたのか。知っていたのなら、なぜ犠牲者を出さない方法を提示してくれなかったのか。なぜ、自分の身を犠牲にしてまではるかを助けようとしたのか。訳がわからない。ただ、はるかは、いまさらそんなことはどうでも良くなってきていた。思考の限界に辿り着いたようだ。タリスマンの収集は終わった。タリスマンのために犠牲者をこれ以上出すこともなくなった。聖杯も出現した。後は、セーラープルートと一緒に真のメシアを探せれば、それでいい。何より…。二人とも、まだ生きている。 タリスマンの件とは別に。今は一つだけ、みちるに問いたいことがあった。 「僕が君の後を追うことも…。知ってたのかい?」 みちるは目を見開いて、はるかと同じくらい驚いた表情を見せた。薄青色のシーツが、みちるの動きに反応して、少し乱れる。 「いいえ。そこまでは予知できなかったわ。あなた、そんなことしたの…?」 はるかは内心ほっとした。心の深遠までは、夢で予見されていなかったことを知って。外の雨雲による部屋の暗さは、ライトブルーで統一された寝具に薄い影を落としている。昨日と同じ光景。記憶が、昨日に戻っていく。 『ウラヌス…、わかってるわね。何があろうと、私達はタリスマンを手に入れるの。ここから先は、互いの危険を無視して、一人で先に進むのよ。』 『何をいまさら。』 あのときの誓いが、頭の中で蘇る。はるかは一つ深呼吸した。みちるの肩から腕へと、片手を滑らせる。 「僕も、君との約束を破ったんだよ。前世での月の女王との密約に背いたのは、君だけじゃない。」 ―――取引をしましょう、ウラヌス。あなたはこれからも、ネプチューンを愛し続けて構いません。王国則では間違いなく禁忌にあたりますが…、私が許します。 思い立ったように、口付けを交わす。僅かに開いた唇の隙間からはるかの舌が滑り込み、みちるの中で自在に動き始める。執拗に追うと、みちるの方が押しとどめてきた。首をすくめて、避けるような素振りを見せる。はるかの発言の真意を、もう少し聞きたいらしかった。はるかは仕方なく、みちるとのキスを諦めて、事を語ることにした。 ―――その代わり、王国への絶対忠誠を誓っていただきます。 前世の記憶まで頭の中でリフレインする。まるで、今生のはるかが行った行為の戒めのように。はるかは構わず、言葉を発した。 「君が僕を庇って身廊の壁に消えた後、僕はユージアルにタリスマンの持ち主が誰なのかを知らされた。知った後、礼拝堂に呼び出されて、夢中で走った。ひどく混乱してたよ。礼拝堂に着いて、君が捕らえられているのを見たとき、僕は君との約束を忘れて、また走った。君を助けようとしてさ。そこに新たな罠が仕掛けられているのも気づかずに。完全に冷静さを失っていた。」 「はるか…。」 みちるは哀しそうな顔をして、はるかの頬を両手で包んだ。頬にかかる吐息。はるかはその温かみに酔いながら、目頭が熱くなるのを感じた。泣いてはいけないと思った。込み上げる想いを押し止めて、口を開く。 「もう…僕を置いていくなよ……。」 それ以上は言葉が続かなかった。泣く代わりに、再び唇を求めて、場をやり過ごす。ちょっと強引かなと思いつつも、今の自分に出来ることはそれしか思い浮かばなかった。みちるが弱い耳付近に。抱き寄せて、口付けの雨を降らせる。舌を丹念に這わせて、耳殻をなぞり、ちゅっと音を立てて吸い上げる。脇腹を撫でる。反り返る身体。みちるがもう一度欲しかった。もう、どこにも行かせないためにも。この手でしっかりと抱きとめておきたかった。目を開けても果てしなく続く暗闇の中に、独り放り出されるのは、もう御免だった。 「はるか…。」 与えられる快楽に敏感に反応しながら、みちるが艶めいた声を漏らした。太ももに口付ける。微かな喘ぎ声がした。奥の蕾は硬く勃ち上がっていて、再び“摘み頃”を迎えていた。はるかはそれをわざと無視して、みちるの内股から顔を上げた。 「約束してくれ。」 伸び上がって、鎖骨のくぼみの下の柔肌に歯を立てて、強く吸い上げる。白い身体に小さな赤い花を咲かせた。 “これは、僕の所有の証”。 そう思って、その部分を軽く撫で上げる。みちるは、狂おしくはるかの髪を掻きあげて、肩を掴んできた。多分、今のみちるは“お預け”を食らった犬のような気分なのだろう。 「出来ないわ。だって私達は戦士だから…。私達には、“真のメシアを探す”という新たな使命が課せられたばかりなのよ。」 シーツが一層乱れた。やんわりと逃げるみちるを離すまいと、はるかは素早く両手を回して、華奢な作りをした身体を抱き締めた。胸を合わせる。白い肩が動きを止めた。諦めたのか、みちるはゆっくりとこちらに視線を合わせてくる。はるかは目を細めて、みちると向かい合った。 「わかってる。でも…。僕はもう嫌だ。君を離したくない。」 そう言って、はるかは胸を離して、みちるの胸の膨らみに触れた。羽毛をイメージして、優しく撫でるように形を辿り、手で覆う。硬く勃ち上がった頂きを掌が捉える。軽く摘んでみると、甘やかな声が上がって、みちるの腰が跳ね上がった。構わず、胸の谷間へと手を滑らせた。心臓の鼓動を、掌越しに感じる。高鳴っている。 「…、…。お願い、わかって…。」 苦しそうにみちるは喉を鳴らした。先ほど存分に味わった快楽の波が、お互いに再び盛り上がってくる。みちるは枕の端を軽く掴んで、耐えていた。はるかは、みちるの胸から腹、腰の横へと手を這わせた。 「セーラープルートがいるじゃないか。彼女がいれば、僕達は使命のことを忘れたりしない。口約束でも良い。僕はもう、君を失いたくないんだ。」 指先で、みちるの腰骨の上をくすぐる。愛撫に反応して、みちるの身体がゆっくりと動いた。唇を存分に貪る。絡められる甘やかなそれは、次第に激しさを増していく。深く、長く、貪り合った後は、二人の間を、束の間、銀の糸が繋いでいた。糸はすぐに切れた。 呼吸を整える。目の焦点が合ってきたところで、お互いの顔を見合わせる。薄浅葱色の瞳は、熱を孕んでいたけれど、静かに凪いでいるようにも見えた。 「…。わかったわ…。私はあなたの傍を離れない。」 「みちる…。」 はるかはようやく満足して、笑ってみせた。その笑顔を見たみちるは、切なそうな表情に変わって、はるかの胸元に額を寄せてきた。 「私だって、あなたの傍を離れたくないわ。たとえ戦士としての使命に抗ってでも。でも私達にはまだ」 みちるは顔を上げて、わざと間を置いた。その先の言葉は、はるかの唇が塞いだ。皆まで言わせなかった。使命がいくら自分達の人生を翻弄しようと、二人は死ぬまで一緒だとはるかは本気で思った。思い立って、顔を下げた。みちるの胸の頂きを吸い上げて、余っている手でもう片方の膨らみを揉み上げる。みちるは嬌声をあげた。されるがまま、首を反らし、背を反らして、快楽の波に身を任せていた。翡翠色の髪が乱れ、枕に散る。擦れ合うシーツが艶かしく音を奏でて、幾度も形を変えていく。窓で遮断された外では、雨がまだ降っていた。はるかは先ほど摘み残していた奥の蕾へと、手を伸ばした。 「どこまでも一緒だ、みちる…。」 確かなものなど、何もない中で。みちるの存在だけは、感じ続けていたい。はるかはそう思った。 Fin. |
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