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Beyond Reason
初稿掲載日:2004年3月29日 / 最終修正日:2008年9月23日
 シルバーミレニアムの東端に位置する王立発生工学研究所は、かつてない緊迫感に包まれていた。国家の極秘プロジェクトの進行が芳しくないことで、研究所スタッフには既に十分な緊張が走っていたが、今日はそれ以上だった。度重なる実験失敗の報告を受けたクィーン・セレニティが、研究所に緊急来所してきたのだ。研究所の閉鎖も、自分達研究スタッフの排斥も、クィーンの一存で決まる。これまでそうやって潰されてきた研究所の数は、数え知れない。ある若手の男性研究員は、先日生まれたばかりの愛娘の顔を、今朝無理してでももう一度見てくれば良かったと思った。
 地下資源の乏しい月の王国が、他の銀河と相対するだけの軍事力を維持出来ているのは、月の民が持つ高度な科学技術と、統治者クィーン・セレニティの神秘的な力によるところが大きかった。その科学技術も、クィーンによる“力の供給”…つまりエネルギー資源の供給がなければ成立しない。
 月の民が持つ知能は、宇宙生命の中でもずば抜けていた。その知能をフル活用して、究極の生物兵器――セーラー戦士――を創ること。その中でも、より強大な力を持つ外部太陽系戦士を創ること。それが今回のプロジェクトの目的だった。だがクィーンが“無駄”と判断すれば、それまでのこと。機密保全のために、プロトタイプとともにこの研究所スタッフ全員もクィーンによって抹消されることになる。

 出迎えた研究所所長から実験経過の詳細を聞くクィーンの瞳は、氷のように硬質で透明で、人の血が通っていないように見えた。クイーンを先頭にした一団は、実験室内のコントロールルームに静かに入室していく。コントロールルームの各モニターには、実験体の生命維持装置から送られてくる様様な波形が映し出されていた。モニターを監視していた研究員達も、クィーンの到来を受けて一度席を立ち、敬礼の姿勢をとった。右手を左胸にあてて敬意を示す彼らの肩は、心なしか、震えていた。彼らの記憶する限り、クィーンがこの研究所に来所したのは今日が初めてだったから。
 クィーンは無言だった。
 コントロールルームの分厚いガラス壁の向こうに、大きな磁気シェルターが一つあった。その中には、裸体の女性が一人横たわっている。その女性こそ、今回の実験のメインキャストであり、クィーンを呼び出すほどの失態を演じ続けてきた人物だった。額には海王星を示す星の紋章が浮かび上がり、眼はもう随分前から閉じられたままである。
 
 プロジェクトの進行を遅らせている原因は、ネプチューンのセーラー戦士化が上手くいっていないことにあった。月の民の中でも、星を守護に持って生まれるのは一握りの存在。その中でも、セーラー戦士として覚醒できる可能性があるのは、8惑星を守護に持つ8人。彼らは、生まれた日の星の運行によって偶発的に成立した突然変異体。一般人にはない攻撃性遺伝子を持っているうえ、月の力を借りずとも自分の守護星から生命エネルギーを得ることが出来る。いわば完全な独立栄養体であり、王族を追随する存在である。適切な処置を施せば、眠っている攻撃性遺伝子が活性化し、究極の生物兵器として利用することが出来る。誤った処置を施せば、凶悪な反逆者として覚醒し、月の王国の存続を脅かす存在となる。何も処置を施さなくても、身体能力が高い兵士として王国内で特殊任務に着かせることが出来る。今上のクィーンは、早くからこの有用な生物資源に着目していた。より高い軍事力を手に入れるために研究所施設を整備し、覚醒のエネルギー源として銀水晶の力の一部を提供してきていた。

 その8人の中でも、より強い力を持つ外部太陽系戦士として覚醒できるのは、たった3人。天海冥の衛星を守護星に持つ者にも覚醒の可能性がないことはなかったが、“力”を納める器としては小さすぎる。仮に戦士化が上手くいったとしても、覚醒と同時に力が暴走し、体ごと消し飛んでしまうことだろう。運良く力の暴走がなかったとしても、惑星を守護に持つ他の戦士達とは歴然とした差がある。それではいけないのだ。
 外部太陽系3戦士の任務は、太陽系最外部の警護。3戦士による結界トライアングルを張ったとき、衛星が守護星では海王星方向だけバリアーが弱いことになり、外敵が侵入しやすくなってしまう。それに、トライアングルの中央に鎮める予定の聖杯も、容易に外敵に奪われてしまうことになる。それではいけなかった。
 …現時点で、ウラヌスとプルートのセーラー戦士化は既に完了している。残るはネプチューンただ一人。惑星を守護星とするネプチューンを覚醒させることが出来れば、太陽系最外部に完璧な人柱を立てることが出来る。これまでクィーンが度重なる実験失敗に目を瞑ってきたのも、そのような事情があったためだった。クィーンは、磁気シェルターの中で眠り続けるネプチューンを見た。

 ネプチューンのセーラー戦士化が上手くいかない原因は、彼女が頑なに“力”を受け入れようとしないことにあった。ウラヌスやプルートでは比較的スムーズに進んだ遺伝子誘発実験も、ネプチューンでは全て拒絶反応が出てしまう。それは体質的なものではなく、ネプチューンの意思によるものだった。意思の力で覚醒を拒む。それは王国則に背く重罪に他ならなかったし、研究所の実験例でも前例がないことだった。
 事前調査でも、覚醒したときに授かる強大な“力”と、その後の着任予定地について、ネプチューンは全く不満足だった。覚醒して強大な“力”を授かるということは、星一つのエネルギーを独り占めして、自分の生命エネルギー源としてフル利用することを意味した。そうなれば、自分と同じ“ネプチューン”の名を持つ母や祖母、他の親族達に海王星のエネルギーが回らなくなる。すなわちそれは、彼らの死を意味する。また覚醒後の着任先であるトリトン・キャッスルは、太陽系の最果てに位置し、そこでの任務は終身続く。たった独り最果ての場所に飛ばされて、死ぬまで戦い続ける。…すなわち赴任後は、ウラヌスにもう二度と会えない。
 止む無く強制連行され、このラボで実験が始まった後も、彼女はセーラー戦士になることを全身で拒み続けていた。

 クィーンはコントロールルームを一人出た。シェルターに歩みより、ネプチューンに語り掛ける。

「…取引をしましょう、ネプチューン。あなたはこれからも、ウラヌスを愛し続けて構いません。王国則では間違いなく禁忌にあたりますが…、私が許します。」

 ネプチューンは、霞みかかった意識の中、クィーンの低くよく通る声を聞いた。耳を疑うような発言に思わず反応し、重たい瞼を上げる。シェルターのクリアカバーの向こうに、心の闇深くまで照らし出してしまいそうな白銀の瞳があった。瞳を開いたネプチューンに、クィーンが軽く笑いかける。

「その代わり、王国への絶対忠誠を誓っていただきます。王国のために戦い続ける限り、あなたの転生は約束され、永遠にウラヌスに出会い続けることができるのです。」

 “転生”という言葉に、ネプチューンは再び反応した。それは、事前には一切聞かされていない言葉だった。もし転生が約束された身となれば、たとえ再びウラヌスと引き離されても、また何度でも出会い続けることが出来る。たとえそれがわずかな時間であっても、必ずまた逢うことが出来る。…いま、セーラー戦士になることを拒めば、ウラヌスと二度と会うことは出来ない。それどころか、国家レベルの秘密プロジェクトの実験体となった身では、恐らくはもう二度と空を仰ぐことも出来ないだろう。
 ここでプロトタイプとして廃棄され、想い出だけを背負って果てるか。それとも、セーラー戦士となって極限の戦いに身を投じ、永遠にウラヌスに出会い続けるか。どちらが自分にとって、幸福なのだろうか。

「悪くはない取引だと思いますが…いかがかしら?」
 クィーンの声が、ネプチューンの思考を再び現実に引き戻した。機密事項をあえて口にしたクィーンは、その表情にまだ少し笑みを残していた。
「…ウラヌス空将補はセーラー戦士化を既に終え、現在は空将に昇格しています。無論、プルートも時将に昇格しています。残るはネプチューン海将補、あなた一人。このままだと…あなたはいつまでもこのラボに閉じ込められて、ウラヌス達に会いに行くことはかないません。それどころかぐずぐずしていれば、第二候補のトリトン、ネレイド達にセーラー戦士化の機会が与えられることになります。そうなれば、あなたをセーラー戦士化する必要はなくなる。…あなたのセーラー戦士化には、もう257回も失敗している。私達も、あなたをこれ以上苦しめたくはないのです。」
 シェルターから少し離れた別室で、エネルギー充填装置のモニターを監視していたスタッフが顔をあげた。 
「クィーン・セレニティ。覚醒に必要な星炎エネルギーが充填できましたので、そろそろ実験を再開します。」
 クィーンはその言葉を聞いて、後方をちらとだけ見た。再びシェルターに向き直り、ネプチューンに笑いかける。シェルターの端のパイプから、麻酔用のガスが噴出し始めた。クリアカバーの向こうで、ネプチューンの豊かな巻き毛が微かに揺れる。ネプチューンの瞼がわずかずつ下がり始めた。クィーンは構わず語りかけた。
「どうか、拒まないで。“力”を受け入れれば、あなたはずっとウラヌスに出会い続けることが出来るのです…。」
 再び真っ白に戻っていく意識の中、クィーンのその声が、いつまでも耳に残った。

 …会いたい。もう一度、ウラヌスに会いたい…。



 麻酔が完全に効いたネプチューンは、シェルターの中で再び深い眠りに落ちていた。コントロールルームのマイクがONになり、実験室内にクィーンの声が響いた。

「マスターQチップの導入を許可します。拒絶反応が出た場合は、その時点で実験を中止すること。“力”を持つ前に、プロトタイプ・ネプチューンを完全廃棄します。その場合は、マリンステーションからトリトンとネレイドを緊急召集すること。星系のバランスを保つために、二人ともセーラー戦士化します。…念のために、実験開始前の段階でネプチューンの肝組織の一部を摘出し、冷凍保存しておくこと。ネプチューンのゲノムDNA標本も、忘れずに取り直しておきなさい。以上のことは、国家機密レベル1の扱いとします。では最終実験を…Experiment No.258を、開始しなさい。」

 スタッフ一同は頷き、実験室内は再び慌しくなった。



 ネプチューンの覚醒から気の遠くなるような時間が経った後。前世での任務を全うしたウラヌスとネプチューンは、それぞれ天王はるか・海王みちるとして地球人に転生し、束の間の再会の時を過ごしていた。
 その日、みちるは朝からプールに向かった。明け方に見た不思議な夢が、目が覚めてもずっと頭の中に残っていて、みちるの心を落ち着かせなかった。雑音を払うべく水の中に身を沈め、心の緊張をほぐす。再び別れる時が来たことを、明け方の夢は告げていた。

 デッキチェアに横たわり、白鬼貝の殻口を耳に押し当てる。貝殻の奥に閉じ込められた海の音を聞きながら、いまはもう見ることのない海王星の空を想った。亡くなった母や祖母、親族達のことを想い、海王星をぐるりと一周する蒼いリングのことを想う。あのリングは、星内の瞬間移動を可能にする巨大なエレベーターになっていて…。幼い頃はよくあれに乗って、あちこちの場所に転移して、母達の手を煩わせたものだ。瞳を閉じたまま、みちるはふっと表情を緩めた。

「ずるいじゃないか。自分だけの世界へ行くなんて。…僕を置いていくなよ。」

 不意に、思考が現実の世界に引き戻された。見上げると、はるかの顔があった。笑ってはいたが、早朝何も告げずに寝室を出てきたことを、少しだけ咎めるような表情をしていた。そんなはるかを見て、みちるは柔らかく笑った。
「…今朝、夢を見たわ。」
「ああ。」
「目が覚めてからも、ずっと感じている。…こんなのは初めて。」
 みちるは瞳を閉じた。右耳から貝殻を離し、少し握り締める。一人で出てきた理由についての弁明は、それが精一杯だった。夢の内容をそれ以上言葉にすれば、すぐにも現実のものとなってしまいそうな気がして、まだ少し怖かった。…死ぬのが怖かったのではない。はるかを傷つけることが、怖かった。
 はるかは穏やかな声で応えた。
「…そうだな。」
 2度目の相槌は、みちるの心にある疑問を生じさせた。はるかも今朝夢を見て、今もその余韻を感じているという。…もしかして、自分と同じ夢を見ていたのだろうか。もし同じ夢を見ていたとすれば、今日自分達が別れることも、タリスマンの持ち主が誰であるかも、全て知ってしまっていることになる。そうだとすれば、いまここで……。
 昂ぶり始めた手の神経が、握っていた貝殻の凹凸を敏感に感じ取った。開きかけていた手を再び閉じ、貝殻を軽く握り締める。
 みちるは覚悟を決めた。努めて落ち着いた声で、はるかに質問する。
「…じゃあ、気づいているのね。」
 はるかは笑った。
「もちろん。気づいているさ。間違いない…今日、タリスマンが出現する。」
 強い語気で、そう言いきられてしまった。来るべき時が、とうとう来てしまった。
 みちるは、頭の奥が燃えるような錯覚に陥った。瞳を開き、はるかを見つめる。右手にはまだ貝を握ったままだった。変身スティックは、はるかの部屋に置いたまま。もともと持ってくるつもりはなかった。はるかに殺されるならば、それが一番良いと思ったから。
 はるかも、みちるを見つめ返した。

 しばしの沈黙が流れた。
 はるかは、みちるから目を逸らした。それ以上会話を続けず、デッキチェアから顔を上げてしまう。その表情は苦悩に満ちていたが、目の前のみちるに過剰な関心を持っていないように見えた。変身する気配はなく、殺気も感じられない。
「…先に部屋に戻ってるよ。」
 はるかはくるりと踵を返した。みちるの耳に、遠くなっていく衣擦れの音が届いた。

 みちるは脱力した。ずっと握り締めていた白鬼貝を、腹の上に載せて手放した。…はるかが見た夢は、自分が見た夢とは恐らく違う内容だ。はるかはまだ、気づいていない。タリスマンの持ち主が、誰であるかを。

 髪を拭いながら部屋に戻ると、留守番電話の応答メッセージが作動していた。声の主はユージアル。タリスマンの持ち主が誰であるかを、デス・バスターズ独自の方法で突き止めたらしい。電話は、録音設定時間の27秒を全部使いきって、切れた。はるかのほうを見ると、出窓の張り出し口に座ったまま、ただ空を見つめていた。表情は、やはり重い。みちるは、はるかにも心の準備をさせおかなければいけないと思った。
「タリスマンの持ち主を見つけたというのは、多分本当ね。」
 沈痛な面持ちのまま、はるかは口を開いた。
「ああ。僕達の予感と一致する。…。いよいよだ…。」
 そう言うと、彼女は自分の手を見つめ始めた。はるかが何を思っているのか。言葉にされなくても、みちるの心には十分に伝わっていた。…一人で行かせるのは、やはり酷だ。この場ではるかに殺されるよりも、最後まで付いて行って、彼女の危険を取り除こう。死ぬのは、それからでも遅くない。
 はるかは、みちるが悲しそうな顔をして自分を見ているのに気づいた。
「…。みちる?」
 みちるは髪を拭っていたタオルを、頭から離した。はるかのもとに歩み寄り、腰掛けて、手を絡める。はるかは少し戸惑った後、手を解こうとしたが、みちるはそれをさせなかった。優しく愛撫するように絡め追い、苦悩と諦念に満ちたはるかの心を解きほぐす。ただ触れているだけで安心できる。それは、みちるがはるかと触れ合ううちに学びとったことだった。しばらく後、ようやく笑ってくれたはるかに、みちるは言った。以前…自分が初めて手を汚したとき、はるかが言ってくれた、あの言葉を。

「はるか…、大丈夫よ。私はあなたの手が好きよ。」

 はるかは少し目を見開いた。言葉の意味に、すぐに気づいたらしかった。涙が湧き上がってくるのをどうにかやり過ごしながら、絡められていたみちるの手を強く握り返す。手を離さず、そのまま引き寄せる。白いカッターシャツに、まだ濡れた髪や水着から水滴が移った。みちるの肌に、はるかの体から熱が伝染った。

 それから正午までの数時間。
※注意! このリンクはR指定です。(18歳以上の方だけご覧下さい)



 9時間後。はるかとみちるは、建設中の教会“マリン・カテドラル”の入り口に立っていた。
「いよいよ、タリスマンの持ち主に会えるな…。」
 ネプチューンは、ファサードの門を見つめたまま、ウラヌスの手に触れた。
「ウラヌス…、わかってるわね。何があろうと、私達はタリスマンを手に入れるの。ここから先は、互いの危険を無視して、一人で先に進むのよ。」
 ウラヌスはふっと笑った。
「何をいまさら。」
 ウラヌスの返答を聞いて、ネプチューンは安堵した。今のはるかならば、自分がいなくなっても、一人で生きていけるかも知れない。触れていた指を、そっと離した。
「…。そうだったわね…。」
 ファサードの門が重々しい音を立てて、ゆっくりと開いた。高い天井と、薄暗く静まり返った内部。門をくぐり、奥に進むにつれて、左胸の奥で何か熱い痛みのようなものが疼き始めた。ネプチューンはそれを皮膚の上から手で押さえて、ウラヌスの後を歩いた。
「…。大丈夫か? ネプチューン。」
 前を行くウラヌスは、ネプチューンの異変に気づいた。歩調を落とし、振り向き加減に後方を気遣う。ネプチューンは左胸から手を離し、努めて平静を装った。
「ええ。大丈夫よ。」
 その言葉を受けて、ウラヌスは前方に向き直った。ネプチューンはウラヌスに遅れないように歩きながら、胸の奥で疼く痛みを反芻した。この痛みを感じるは、今日が初めてではない。これまでもずっと感じてきていたが、今日ほど強く感じたのは初めて、というだけのこと。…痛みの正体が何なのか。そのことにも、戦いの過程で少しずつ気づいていた。手を汚すたびに、欲望が一層鮮明となり、前世の記憶が少しずつ戻り始めていたから。“ピュア”な心の結晶というのは、何も清く正しい心にだけ宿るものではない。“たとえこの身を賭してでも、ウラヌスを守り抜く”という欲求も、“純粋な願望”としてタリスマンを宿す器となることが出来る。
 …タリスマンはここに在る。ウラヌスと共にずっと探し続けてきたタリスマンは、ここに在る。今日、それが隠せなくなる。今日、ウラヌスと別れることになる。けれどもまた、出会うことが出来る。

―――取引をしましょう、ネプチューン。あなたはこれからも、ウラヌスを愛し続けて構いません。

 タリスマンの一つが自分に封印されているのなら、残るは二つ。そのうちの一つは、同じ外部太陽系3戦士であるセーラーウラヌスに、恐らく封印されている。“たとえ自分の手を汚しても、たとえどんな手段を使ってでも、この世界を守る”というウラヌスの強い意思は、タリスマンを宿すのに十分な心の器。…クィーンが、そのことを見逃すはずはない。残りの一つは、まだ見ぬ同じ外部太陽系戦士の心に。明け方の夢も、そう告げていた。…肉体からのタリスマンの分離は、その人の死を意味する。それならばセーラーネプチューンとなった本懐を、いまこそ遂げることが出来る。
 セーラー戦士としてウラヌスの傍にいることが出来れば、タリスマンを封印されたウラヌスを最期まで守り通すことが出来る。…クィーンから。プリンセスから。運命から。そしてウラヌスを守り通すことによって、最終的に自分のタリスマンをウラヌスに提供することが出来る。

―――その代わり、王国への絶対忠誠を誓っていただきます。

 クィーンへの誓いを破るのは、自分一人で十分。…たとえ誓いを破っても、ウラヌスだけは死なせない。ウラヌスだけは、誰にも渡さない。
 全ては定められていたことかも知れない。海王みちるとして生まれ変わることも、セーラーネプチューンとなってセーラーウラヌスと行動を共にすることも。…けれども私は、そのことに後悔していない。戦士である限り、何度でも転生してウラヌスに出会い続けることが出来るのだから。
 二人の歩く道は、マリン・カテドラルの礼拝堂へ続いていた。身廊の両側壁には、赤焼きの煉瓦に刻まれた彫刻画。どの絵も、こちらを嘲笑う悪魔絵ばかりだった。何もかも見透かして、赤壁の中で一人嘲笑う悪魔の、気味の悪さ。ネプチューンは、胃の奥がむかつくのを感じた。
「招待しておいて、愛想がないな…。」
 いつまでも敵の攻撃が始まらないことに、ウラヌスは張り詰めていた緊張を解きそうになっていた。不意に、背後で空気の圧が変わる音がした。ネプチューンは振り返った。何かがわずかに動いた、と思った。
「…どうした? ネプチューン。」
 立ち止まったネプチューンに、ウラヌスが声をかけた。ネプチューンは、動きを感じた方向を、じっと睨む。予感はやはり当たっていた。程なく、側壁の煉瓦絵の一つがガタつき、壁から浮遊した。
「…動いた!」
 その絵は自分達の正面まで浮遊してきて、動きを止めた。身構えていると、他の絵も次々と壁を離れた。煉瓦絵は一列に浮遊して並び、程なく、ネプチューン達目掛けて突進してきた。すぐにユージアルが仕掛けた罠であることに気づき、手当たり次第撃破していく。蒼と碧の閃光が、身廊内を駆け抜けた。赤壁の煉瓦絵が、次々に粉々に砕かれていく。
 一通り撃破し終わった、と思ったのも束の間。ネプチューンは、また何かが動く音を聞いた。見ると、まだ壁を離れていなかった絵の一つが、ガタついていた。…ウラヌスの立つ、すぐ後ろで。
 みちるの中のネプチューンが、ウラヌス目指して地を蹴った。



 しばらく気を失っていたネプチューンは、広い聖堂の主祭壇前で目を覚ました。先ほどの煉瓦絵衝突の影響で視界はまだ霞んでいたが、かばったはずのウラヌスのエナジーをごく近くに感じていた。意識がはっきりしてくるにつれて、眼前の惨状が映し出されてきた。そこには、全身傷だらけのウラヌスと、そのウラヌスに銃口を向けるユージアルの姿があった。
「……。! ウラヌス!!」
 みちるの中のネプチューンが叫んだ。四肢を拘束する触手を力任せに引き千切り、ウラヌス目指して走り出す。袖廊の両壁に仕込まれた銃口が、ネプチューンの動きに反応し、一斉に弾丸を発射した。無数の銃弾を受けたネプチューンは、みちるの中で意識を手放した。一方でみちるは意識を完全に取り戻し、全身に走る強烈な痛みに顔を歪めた。同じように傷つき倒れているはるかの存在を認め、再び一歩を踏み出す。
「はるか…、死なせないわ…!」
「待て、ネプチューン!! 動くなっ!!!」
 煉瓦壁の側面に仕込まれた銃口は、セーラーネプチューン目掛けて再び大量の弾丸を一斉発射した。みちるは激しい痛みに絶叫しながら、それでも意識を手放さなかった。
「ネプチューン!!!」
 ウラヌスの悲痛な叫びが、聖堂の中に響き渡った。
「はるか…。」
 みちるははるかがまだ致命傷を負わされていないことを確認し、ユージアル目指して歩き出した。最後にもう一つ。するべきことがあった。
 再三の銃撃を受けても倒れぬセーラーネプチューンに、ユージアルはしばし動揺した。わずかな時間の間に十分に間合いを詰められ、みちるに襲いかかられてしまう。慌てたユージアルは、激しく揉み合ううちにタリスマン摘出銃の引き金を引いていた。

 銃弾を受けたみちるの胸から、ひときわ美しい輝きを放つ心の結晶が出現した。
 意識を手放す一瞬前。みちるはもうはるかの顔を見る気力すら残っていなかったが、倒れながら、微かに笑った。

―――わかっている。あなたはきっと、私との約束を破るでしょう。もちろんそれも、考慮のうち。マスターQチップによる思考制御と、パートナーであるセーラーウラヌスの強い理性によって、あなたが私を裏切るのはちょうど良い時期まで引き伸ばされることでしょう。…プリンセス・セレニティに聖杯が必要になったとき、あなたの体に何らかのショックがかかればタリスマンが分離される。その原理は、転生した体でもウラヌスでも同じこと。そこまであなたの体がもってくれれば、それで良いのです。その条件を満たしてくれれば、あなたの場合は別に誰に恋しても構わない。そのために強大な力を与え、太陽系内でも辺境の地に隔離してきた。…全てはプリンセス・セレニティのためにやったこと。全てはシルバーミレニアムの存続のためにやったこと。プリンセスさえ無事ならば、王国は何度でも再生できる…。


Fin. 
>>後編『A Brief Encounter
Photo
Photo:daydreamer.   Special Thanks:彩歌様
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※この作品は、フィクションです。作品中に登場する名称や出来事は、実在の人物や出来事と一切関係ありません。