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A Sleeping Bee
[Scene 1 : Midnight Call]
初稿掲載日:2005年2月26日 / 最終修正日:2005年12月27日 / 現代編追加設定まとめ / 作者:daydreamer

【注意】この小話は、セラムンSのCD「ウラヌス・ネプチューン・ちびムーンPLUS」に収録されている「prologue」のはるかさんの電話応答に、実際にはないみちるさんの発言を追加して制作されたものです。
 3月6日早朝。はるかはまだ夢の中にいた。夢の中の自分は、自分のバイクと日本語で会話して、お互いの調子の確認や昔話に花を咲かせていた。神戸のモトショップで気に入って購入したバイクであるせいか、そのバイクは少し関西訛りの日本語を話す。古い型のバイクなうえ、今まで散々乗り回して来たため、結構ガタがきていて、最近はエンジンをかけようとするとゴフゴフと咳払いするようになっていた。アイドリングも安定していない。それ以前になぜバイクが人の言葉を理解できるのか不明だったが、僕達は昔からの友人のように時々冗談を交わしながら、バイク整備を楽しんでいた。カウルを外してプラグを確認すると、カーボンを被っていた。新しいやつと取り替えようと思って、パーツ置き場の方を見る。そして何となくバイクの方を振り返った瞬間に、手にはもう新しいプラグを持っていた。早速古いものと交換してあげる。そうすると、ずっと苦しそうだった咳払いが幾分おさまった。バイクの保管には気をつけているつもりだから、キャブに水が入っているかどうかまでは見る必要がないだろう。
 他に具合の悪いところはないかと聞くと、“たくさん走ってるから、また脚がくたびれてきてて…”とバイクは言う。そういえば、このバイクに乗る頻度は非常に高い。燃費が良いバイクとは決していえないが、古き良き2スト時代への思慕が、このマシンを自分により魅力的に見せているのだろう。とりあえずブレーキパッドとブレーキフルードを交換して、それ以外にもパーツを幾つか交換してあげた。そうするとバイクはだんだん元気を取り戻していったらしく、エンジンを吹かして機嫌良く鼻歌を歌い始めた。…“ブン、ブンブブン♪”という、ハミング調の単調な歌い方だったが。曲はどうも、マザーグースの“Row,row,row your boat”のようだった。
 それから主要なパーツを全部組み立てて、クラッチの利き具合をチェックし始めたとき。エンジン音とは別に、唐突にけたたましいベル音が鳴った。規則正しくて、聞き覚えのある音。それが固定電話の呼出音だと気づくのに、数秒もかからなかった。しかも通常の呼出音とは違う、ちょっと変わった調子のベル音。みちるの電話番号専用の呼出音だ。それなら、出ないわけにはいかない。バイクの方に注意を戻すと、いつの間にかカウルを取り付け終わっていた。整備の終わったマシンで、人気のない道路を走り出す。少しの失意と諦念。せっかくのマシンとの戯れの場が、また“仕事”で中断されてしまう。「行って来いや。…みちるさんには敵わへんで。」とバイクは言う。バイクに促されて、苦笑交じりにギアをトップに上げる。超高速の世界は次第に光に包まれ、僕の意識を現実世界に引き戻していった。



 3回目の呼出音が鳴り終わる頃、ベッド傍の子機にようやく手を伸ばした。
「みちる…?」
「あら。よくわかったわね。」
 少し驚いた声で、嬉しそうにみちるは言った。それはみちるの電話番号だけ呼出音を変えているからわかったのだが、そんなことはどうでも良い。今は何時なんだろう。外はまだ暗い。頭を回して置時計の蛍光表示文字を見ると“ [Sun] 6 Mar 04:03 ”と表示されていた。朝4時。いくらみちるの誕生日でも、早過ぎる呼び出しだ。もちろんこんな時間に電話されたのは今日が初めてではないけれど、今日のみちるの声は落ち着いていた。とりあえず、眠いので不機嫌そうに応答する。
「こんな時間にかけてくる奴は、他にいないよ。」
 そうかも知れないわね、とみちるは柔らかく苦笑する。声の感じからして、やはり急を要する用件ではないようだ。もし使命に関わることなら、電話よりも通信機で連絡してくることが多いし、その呼出音も声ももっと緊張感に満ちたものだから。とすると私的な用事で電話してきたのだろうが、果たして何なのだろう。
「…。何してた?」
 穏やかな声での、至って普通な質問。“何してた?”と問われれば、“寝てたよ”と言うより他ないだろう。
「寝てたよ。」
 目を擦りながら、ゆっくりと半身を起こす。この電話は長くなりそうだ。…みちるの声は落ち着いていたが、いつもより少し低くて、どこか疲れた感じに聞こえた。もしかして、ずっと起きてるのだろうか。しかし絵の個展はこの前終わったはずだし、演奏会も進級レポート期限前ということで、あまり入れていないはずだ。それ以前に、ごく最近まで風邪を引いていたのだから、体力もまだ十分に回復していないはずだ。夜通し起きている理由なんて全然ない。そんな風に寝起き頭ながらぼーっと考えていると、受話器の向こうのみちるが、何だかモジモジした感じで話し始めた。
「…、…。夜明けの海を見に行きたいんだけど…、付き合ってくださるかしら?」
「これからか?」
「そう。これから。」
 これからって、今は朝の4時だ。外はまだ真っ暗だし、気温もまだ5,6℃くらいしかないだろう。そんな寒いときに海に連れていったら、やっと風邪が治ったばかりのみちるは、またぶり返すのではないか。…第一、眠い。みちるは眠くないんだろうか。考え出すとデメリットばかりが頭に浮かんできたので、早早にお断りの返事を入れる。
「夜明けの海なんて、明日も明後日もあるだろ?」
「…。今日見たいの。」
 はるかはみちるの聞かん坊ぶりに、一瞬沈黙した。眠さのせいもあって、頭がまだ上手く働いていない。一呼吸置いて、状況を分析し直す。何やら変な時間に電話をかけてきて、“早春の夜明けの寒い海まで、今すぐ車で連れていって”と言っているのは確かだ。日頃は自分のほうが突拍子もないことを言ってみちるを困らせてしまうのだが、今は逆。絵や音楽活動のインスピレーションにでも使うつもりなのだろうか。でも別に今から見に行く必要はないような気が…。もちろん見に行くこと自体に異存はないし、これまでにも夜明けの海に連れていったことはあった。けれどその際は、いつも早めに予約を入れておいてくれた。予約があれば、前日の晩に早めに寝て備えておくことが出来るのだが、今日は違う。…とにかく眠い。布団を被って、さっきの夢の続きを見たい。まだマシンが待っていてくれてるかも知れないから。

 はるかの長い沈黙を深刻なものと受け取ったらしいみちるは、とても申し訳なさそうな声で、今更ながらこう言った。
「ごめんなさい、こんな時間から急に…。やっぱり迷惑よね…。」
 “迷惑か”と問われれば、そうかも知れないなと思う。けれど今日はみちるの誕生日だから、たくさんサービスして然るべきだろう。ただ、予定より随分早い呼出しであることが問題だ。もし今から海を見に行くのなら、当初考えていたスケジュールをかなり変更しなければいけないことは容易に予想できる。車の運転は何とかできるだろうが、それでも人を乗せる以上は細心の注意を払わなければいけない。カフェイン多めのガムと缶コーヒーで、脳にたくさん刺激を与えなければいけないな…。考えていると、行く前から気疲れしてきた。そこで“ちょっと冷たいかな”と思いつつも、鼻で笑うようにこう言ってみた。
「迷惑だよ。」
 ささやかな抵抗のつもりだったが、はっきりそう言われてしまったみちるは、気を落としたらしかった。その証拠に、今度はみちるのほうが沈黙してしまった。はるかは内心苦笑した。ちょっと言い過ぎた。それに迷惑でも、そこまで言うなら連れて行ってあげるべきだろう。バイクと話す機会なら、言葉以外の手段で日常的にあるが、みちるの誕生日は一年に一度しかないから。もちろんプレゼントはちゃんと用意してはいるが、以前みちるに言われた言葉“プレゼントには、1円もお金がかかっていないものが欲しい”も実践しておくに越したことはない。…ただ、ちょっと不意打ちだが。
 頭の中にかかっていた眠気の靄が、徐々に晴れていく。電話の向こうで、独りで訳もなく夜更かしを続けているみちるの姿を想った。
「待ってろ。すぐ迎えに行くから。」
 そう言って電話を切ると、ベッドから降りて、クローゼットに向かった。厚手の服を選んで着衣し、クローゼットの上に置いていた濃青色の小箱をジャケットのポケットに入れる。このままここに置いて外出すると1日中忘れていそうなので、今のうちに渡しておこうと思った。小箱の中身は、はるか自身初めて購入した代物だった。

 …少し前に、みちるにこんな話をしたことがあった。

 “この前新しいスポンサーの話があって、時計とか貴金属の販売をしてる××××が付くことになったんだ。だからこれから僕が乗るマシンにはその会社の名前が入ることになるし、レース以外でもその会社の製品をちょくちょく身に付けることになると思う。…多分時計とかブレスレットとかを身に付けるんだろうけど、指輪とかもあるかも知れない。あんまりチャラチャラしたのは苦手なんだけど、僕の手の指のサイズって、指輪でいうとどのくらいなんだろう? グローブにはSとかMとかサイズがあるから、手全体のサイズは知ってるんだけど、指一つ一つのは知らない。”

 スポンサーの話は本当だったが、質問の意図は少し逸れたところにあった。ちょっと違う角度から指輪の質問して、ついでのようにしてみちるの手指のサイズも聞いてしまったのだ。ついでじゃなくて、そっちが本目的だったのだが。装飾品の類を付けるのは正直言ってあまり好きではないが、スポンサーになってもらえるのなら話は別だ。急に指輪が好きになってしまうくらいの、金銭的なメリットは十分にある。レースに出るには、お金がかかる。他の多くのプロスポーツ選手の多くも、スポンサー探しに余念がないことは事実だ。そのくらい、スポーツ選手にとってスポンサーとの契約は重要なもの。早速契約を結んだ新規のスポンサーに頼んだことは、シンプルなデザインのペア・リングを作ってもらうことだった。…何故指輪なのか。それは、目に見える形で自分の気持ちを表現しておくことはそろそろ必要だろうと思ったから。普段、みちるに対して大したことをしてあげていないし、普通のカップルに比べると一緒にいる時間もずっと少ない。これからも恐らくそういう状況が続くことが予想できる以上、離れていてもお互いのことを結びつける物証が何か必要だった。また、みちるに言い寄ってくる他の人達に対する“魔除け”としても有効だと思って、贈り物に指輪を選んだ。高そうなドレスやネックレスよりも、左手の薬指に指輪がはまっているほうが、世の殿方にはずっとインパクトがあるだろう…。あれこれと考えながらスポンサー企業とこっそり打ち合わせを重ねるうちに、意外にやきもち妬きである自分に気づき、打ち合わせ中に思わず苦笑いしたこともあった。

 洗面台に向かい、冷水で顔を叩く。髪の毛を整え、昨夕飲んだ酒の微かな残り香を歯磨きして完全に消してしまう。時間的に考えて、アルコールは既に肝臓で分解され尽くしてしまっているはずだが、気持ち的にそうしておきたかった。

 時計を見ると、午前4時20分を指していた。クローゼットから四つ折の毛布を一つ取り出して、もう一つ畳んで小脇に抱える。使い捨てカイロも二つ持っていくことにし、引き出しから取り出す。もちろん車には毛布を二枚常備しているが、今日はそれだけは寒い気がした。特に寒がりのみちるは、一枚では足りないだろう。寒がりなのに夜明けの海に行くというのだから、不思議な奴だ…。余計なことを考えていたせいか、玄関まで行って、車の鍵を忘れてきたことに気づく。リビングのサイドテーブル前に引き返して、茶色い革製の鍵入れを手にする。鍵入れは、今年も今日一日貸し出すつもりでいた。問題は睡眠不足。どこまでみちるのわがままに対応できるのか自信がない。けれど多分みちるも、今日は眠いはず。もしそうなら、家に戻ってきてから一緒に寝ればいい。…別に、家じゃなくても良いが。とりあえず今は、1秒でも早く海王洲の自宅まで迎えに行ってあげることが大切だ。



 オートロックの玄関ドアを背にすると、通路脇の窓ガラス越しに星が見えた。北極星、はくちょう座のデネブ、さそり座のアンタレス。明るい星を持つ星座だけだが、幾つか確認できた。東の空には細り始めた三日月も出ていたが、その光は他の星星の光を消すほどの威力を失いつつあった。冬の大三角形を描くシリウスとオリオンは、既にだいぶ前に西の空の地平線に沈んでしまっているらしく、姿が見えない。…この時間帯なら、東の空にやぎ座がわずかに顔を出しているはずだが、立ち並ぶ高層ビル群が邪魔で確認できない。やぎ座の近くには、海王星があるはずだ。そしてその少し下にある水瓶座付近では、天王星が輝いている。もちろん都会のネオンの下では、そのどちらの姿も確認できないことは容易に予想できた。それでも、月の光が弱い夜空でこそ感じられる、星達の力強い息吹を想った。

 エレベータに辿りついて、駐車場のある「B1」ボタンを押した。巨大な箱の上下でベルトコンベアが静かに動く音を聞きながら、再び眠気を催す。夢うつつの状況の中、先ほど見た星空のことを思い出す。頭の中では、最初は点のようにした見えなかった海王星と天王星が、どんどん大きくなっていき、綺麗なリングを抱いた姿を現し始めた。かつてその星星を、自分とネプチューンが護っていたことを思い出す。…今は、お互いの星を肉眼で確認することすら出来ないくらい、遠い星に転生してきてしまっている。そのことは、自分達にとって幸なのか不幸なのか。もちろん外部太陽系戦士として働き続ける限り、何度でも転生して、ネプチューンとは再会することが出来る。しかし世に平和が戻ればまたそれぞれの持ち場に戻らなければいけないし、戦いの果てに死に別れることもある。つまり何度出会っても、出会った数と同じだけ別れなければいけないのだ。だから幸とも不幸とも言いがたい状況だ。それなら今日これからの出来事は…。“束の間の幸せ”といったところだろうか。
 後4,5時間もすれば、天王星と海王星は空高くに昇る。そのときは既に太陽も空高くに昇っていて、ほとんどの星星が姿を消してしまうのだが、太陽の強い光によって星明りを消されてしまうのは、自分達だけではない。月も同じだ。…今日のように夜の間に地平線に入り損ねた月が、真っ青で血の気のない顔をして明るい青空に残っていることもある。いわゆる有明。満月の夜空での彼女の権勢ぶりを思い浮かべると、その様子は気の毒なほどひ弱いものだ。…満月の夜は、月明かりが強すぎて空が明るくなってしまうため、天体観測には向かない。そんな月の強力な支配を断ち切って、太陽以外の星星がようやく平等に存在できる時が、朝なのかも知れない。
 
 軽い無重力状態を味わった後。地下1階まで降りてきたエレベータが、ズンッという鈍い揺れを残して開いた。頭の中に広がっていた星空も、その揺れを受けて急速に薄れていった。ウトウトしていた自分に気づき、軽く頭を振る。そして茶色い鍵入れをポケットから取り出して、宙にポイポイ放り上げながら、自分の愛車がある方向に歩いていった。外は寒いから、幌をかけていこうか。…いやそれでも寒いだろうから、別の車で行くべきだろうか。程なく辿りついた自分の車達の前で、はるかはしばらく思案した。結局、いつも乗っているボンドカーをやめて、フェラーリのF512-Mで行くことにする。鍵を開けて運転席に乗り込み、持ってきた毛布とカイロ二つを助手席に置く。すぐ使うのだから、ここに置いておいても問題はないだろう。エンジンをかけて、ギアをローに入れる。そして程なく発進すると、サイドミラーにボンドカーの車体が淋しそうに映っているのが確認できた。照明に照らされて黄色く輝きながら、ミラーの中でどんどん小さくなっていく。“すぐ帰ってくるさ”と心の中で呟く。
 すぐに駐車場を出て、まだ暗い外の光景を目にする。ステアリングを握っていると、眠気は自然となくなっていく。頭の中も徐々にクリアーになりつつあった。交差点を右に曲がって、海沿いに出て、海岸線をひた走る。と、サイドガラスの向こうの南の空で、赤っぽい星がずっと追いかけてきていることに気づく。多分さそり座のアンタレスか、木星だろう。いずれにせよ追いかけてきているのは月でないことを知り、内心ほっとする。今日1日くらい、使命のことは忘れたい。今日1日くらい、この街が平穏であってほしい。そう思いながら軽く溜息をつき、前に向き直った。
 海岸沿いの道路に等間隔に立っている街灯の光は、走っている車の中から見ると、洋裁のときに針山にズサズサ突き刺した待ち針のように見えて、面白かった。途切れることのない灯を横目に捉えながら、ふと、置いてきた黄色いボンドカーのことを、そして視界には入っていないが確実に自分を追いかけてきているであろう三日月のことを思い出した。
“そういえば、あいつのボディカラーは黄色以外にすれば良かったな…”
 ボンドカーの色なんてこれまで気に留めもしなかったが、そのとき初めてそんな風に、軽い後悔を覚えた。>> 後編
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※この作品は、フィクションです。作品中に登場する名称や出来事は、実在の人物や出来事と一切関係ありません。